IS<インフィニット・ストラトス>二次小説 第27話 悩みが尽きない生徒会長
「書類整理終了。」
生徒会室で、俺は筋肉をほぐす。
文化祭が終わっても、生徒会は忙しい。
今度は、ISによるレース。
キャノンボール・ファストがある。
これは、学園のアリーナが会場ではなく、大きな競技場が会場になるので、市役所の担当者との打ち合わせに通常業務も重なり、鍛錬の時間をキープするのが、さらに大変になる。
そして、忙しくなる要素が、一つある。
現在、IS学園に在籍する生徒の中に、専用機持ちは合計で11人。
その内、8人。
7割以上が、1年生に集中しているという、前代未聞の事態である。
結果、1年生は訓練機を使用した部門と、専用機持ちの部門に分かれるので、打ち合わせをする事が多くなる。
やれやれだぜ。
しかも、俺の白式と箒の紅椿は、各国が莫大な資金と人材を投入して実用化させようとしている第三世代を飛び越えた、第四世代IS。
世界中の努力を、無駄にした代物である。
特に、白式は謎だらけ。
第一形態移行で、千冬姉の嘗ての搭乗機、第一世代IS「暮桜」のワンオフアビリティ、エネルギー無効化能力「零落白夜」が発動し、その後、ISを強制的に稼働停止にする「封月」が加わる。
その後の第二形態移行では、大出力荷電粒子砲に格闘用クローを備えた多機能武装腕「雪羅」に多機能ビット「式神」、特殊散弾砲「鳳仙花」、広域防御システム「沖都鏡」が新たに武装に加わり、背部と脚部には展開装甲が実装された。
そして、文化祭の亡国企業の襲撃では、ある程度、ISが経験値を蓄積すると進化するワンオフアビリティ「天照」が発動。
ウィングスラスターが最適化され、腕部と胸部にも展開装甲が実装された。
これから、どうなるんだか、俺にも解らない。
とにかく、解らない事だらけなのが白式だ。
その点、紅椿の方がまだいいかな。
とはいえ、無尽蔵にエネルギーを生み出すワンオフアビリティ「絢爛舞踏」を持つ紅椿は、存在自体が反則だ。
それに、「天照」に近いシステムがあるんじゃないかと、俺は考えている。
白式の兄弟機だし、ペアで運用するのが大前提となれば、双方のサポートができるように進化する可能性はかなり高い。
しかも、急ぎ必要な場合は、天照やそれに類似した機能は必要だ。
この2機に関して、各国は関連する技術を喉から手が出るほど欲しがっている。
下手をすれば、どうなるのかねえ?
とにかく、無事に終わってほしい。
観客や同級生や先輩たちに被害が出るのは、願い下げだ。
もし、そんな事があったら、ゴーレムだろうがISだろうが、只の燃えないゴミにしてやる。
俺はそう決意している。
さて、鍛錬の時間だ。
「一夏もこれから、訓練?」
「ああ。鈴もか。」
「そっ。キャノンボール・ファスト用の高機動パッケージが届かないから、やれる事やるしかないし。」
あんま、機嫌よさそうじゃないな。
専用機持ちには、データ収集も兼ねて、専用パッケージが届くはずだが、まだ完成していないらしい。
まあ、パッケージは調整に手間食うからな。
遅れている原因は、そっちだろう。
「一夏はどうするの?確か、作ってたわよね。高機動パッケージ。」
「まあな。」
束さんからの宿題で、俺は白式の高機動パッケージを開発した。
今までの高機動パッケージとは、まるで概念が違うから、見たらびっくりするだろうな。
「じゃあ、そろそろ第6アリーナで、キャノンボール・ファスト向けの訓練に入るの?」
「そうだなあ…。」
極光はあんまり見せたくないなあ。
只でさえ、白式関係の技術は火種になりそうだからなあ。
展開装甲の調整でも、充分、いい線行くんだし、それで行くか。
それとも、信頼性の高い技術、つまり枯れた技術でいくか。
「枯れた技術で、高機動パッケージを作ろうかとも考えててさ。それなら、一晩で図面は完成するし、週末にラボで調整を含めて完成するしな。」
「ええ。もったいないよ。新しい方、見てみたいし。」
別に見せもんじゃないぞ。
イギリスに行った時には、基礎データを取るに留めているしな。
「一夏君の場合、外交面での事を、懸念してるんでしょ?」
鈴と話しながらアリーナに向っていると、楯無さんが話に加わって来る。
「あ、どうも。楯無さんは届いたんですか?キャノンボール・ファスト用のパック。」
「つい、今しがたね。今日は、それを試すとこ。」
ある意味、羨ましいぜ。
「その様子だと、白式のキャノンボール・ファスト用のパッケージは、今までとは、根本的に違う発想で設計されているのか。それで、外交の火種になるのは嫌。それが、一夏君の本音でしょう。」
やっぱり、解ったか。
今でさえ、俺が帰属する国は決まっていない。
議論が始まって、既に1年。
この分だと、卒業する前に決まるかどうかすら、疑問だ。
「そう言えば、篠ノ之さんはどうするのかしらね?オペレーション・エクステンダーがあっても、展開装甲で機動力を高めたら、やっぱり厳しいわ。」
そう言えば、箒はどうするつもりか聞いていないな。
それとも、束さんが送って来るのかな?
まあ、俺に作れとは言わないと思うけどな。
というか、そうであってほしい。
いや、マジで。
これ以上、ゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。
俺は自分をさらに鍛えるのと、生徒会長としての責務で手一杯なんだからな。
「今回のキャノンボール・ファスト。幹部会は静観するみたいね。文化祭の襲撃で手酷くやられて、慎重になったみたいだわ。」
スコールが、エムとオータムに話す。
「ふざけんな!あんだけやられて、黙ってろってのか!?」
「どこかの馬鹿の暴走で、こっちが、どれだけ面倒な思いをしたと、思っている?挙句の果てにアラクネまで奪われたのは、どこのどいつだ?小物に叩きのめされたのに、まだ懲りていないのか。少しは、自分の身の程をわきまえろ。」
エムが鋭い目でオータムを、見る。
いつもなら、食ってかかるオータムだが、ISが無い以上、何も言えなかった。
「手持ちのカードが無さすぎるわ。こちらのISは、エムのサイレント・ゼフィルスに、私のトパージオンだけ。向こうは、ブルー・ティアーズが改修されて、パイロットはBT兵器の偏向射撃までマスターしている。他の専用機持ちのISに関しても織斑一夏が何らかの形でかかわって、性能は上がっている。はっきり言って、分が悪すぎるのよ。私も、今回は派手にやるのは、不味いと考えるわね。ゴーレムシリーズにしても、最新型ですら軽く捻られてしまったわ。それに解析から、こちらの事を割り出さないとは言えない。リスクが高すぎるのよ。ただ…。」
「ただ、何だ?」
エムがスコールを見る。
「第四世代が今回のキャノンボール・ファストで何をするかは、興味があるわ。展開装甲だけで挑むのか、専用パッケージを使用するのか。見ておいて損はないもの。」
「つまりは、偵察か。まあ、他国のパッケージを、見る機会でもある。技術水準を図るにもいいだろうな。」
エムはスコールの目的を、理解する。
「勝手にしやがれ!」
乱暴にドアを閉めて、オータムは部屋を出る。」
「どうする。顔が割れている以上、オータムを任務につかせるのはまずいぞ。今度捕縛されたら、廃人になろうとも自白剤を使われかねない。」
「解っているわ。これ以上、暴走されても困るものね。その時は、お願い。」
「解った…。」
「キャノンボール・ファストの対策?」
夏季休暇で、アリーナに男子用のトイレにシャワールームが増設されたので、俺は鍛錬の後、シャワーで汗を流して着替えて、部屋に帰った後、部屋に来た箒にキャノンボール・ファストの対策について、聞かれた。
「どうするってなあ。専用パックを使うか、展開装甲を機動に回すかの二者択一だろう?まあ、エネルギー消費は半端じゃないけど、エクステンダーを増設しているから、何とかなると思うぜ。」
第四世代の燃費の悪さを改善する為に増設した、オペレーション・エクステンダーで、稼働率は第三世代並みに改善した。
だが、キャノンボール・ファストともなると、話は別になる。
「束さんと、相談したのか?何といっても、紅椿の開発者だろ。」
俺としては、仲が良いとは言えない、箒と束さんの距離が短くなって欲しいので、箒が束さんに相談するよう、さりげなく提案する。
「無論した。だが、今は忙しいから、蓄積されたデータを基に、お前に機体の最適化をして貰えと、言われた。」
何で、そうなるんですか?束さん。
まあ、紅椿の経験値も溜まってきているから、そろそろ、オーバーホールも兼ねて、しておく方がいいとは思うが。
いつから、俺は、紅椿専属の技術者になったのだろうか?
「お前は、お前で忙しいのも解る。夏季休暇で開発した専用パックを使いたくないから、既存の技術を使ったパックを作るつもりらしい事も小耳に挟んだ。だが、紅椿の専属整備チームが、まだ結成されていないので、お前に頼むほかないのだ。」
そうか…。
白式と紅椿は、性能をフルに発揮できるように専属の整備チームを結成する事になっているが、それは来月になってからだ。
今はまだ、ない。
そうなると、俺しかいないか。
俺は、端末から、第6アリーナと整備室の予約を取る。
「明日、鍛錬の時に、紅椿の最適化をしちまおう。」
幸い、専用パックの設計は終わって、ラボに送ってるから、今はもう組み立てに入っている。
千冬姉に話して、許可を貰ってから、紅椿の最適化の準備を今日中にしてしまおう。
「あの、その、済まない一夏。助かる。」
頬を赤く染めながら、箒は礼を言う。
なんだかんだ言って、箒も可愛くなったよな。
昔は、一緒に風呂に入った事もあるけど、そんな事思いもしなかった。
女の子って変わるのかね?やっぱり。
「ま、幼なじみが困っているのを見過ごすのも、夢見が悪くなるしな。」
「そう言う事なら、やむを得ん。許可しよう。」
「ありがとうございます。織斑先生。」
箒は千冬姉に、深々と頭を下げる。
「束には、私からも言っておく。開発者としての自覚と責任を持ってもらわんと、困るからな。織斑にしても白式のオプション開発で、手一杯だからな。」
『絶対、無理っぽいな。千冬姉がどんなに説教しても、翌日には忘れそうだしさ。』
篠ノ之家とは付き合いは数年だったが、一夏は束についても良く知っている。
また、紅椿の事で何かあったら、自分が何とかするのは、明白だと確信していた。
『今の内に、基礎設計でもしておくか。』
展開装甲で、あらゆる局面に対応できるが、追加パックを使用した時にどうなるか、束が興味を持たないという保証はない。
どういった依頼が来るか解らないが、何通りかケースを考える必要は出てくると、一夏は考えた。
「結構、経験値溜まってるな。そこから考えると…。」
俺は、紅椿のデータを見ながら、最適化について考える。
考えてみれば、臨海学校に、日々の鍛錬、そして文化祭と、経験値が自然に溜まって当たり前か。
剣術をみっちりやってるから、そんなに動きに無駄はないけど、ちょっとした癖が、必要のない動きをさせている。
ここら辺は、データを整理して箒に見せておこう。
後は、やっぱり展開装甲か。
便利だけど、エネルギーをとにかく喰う、とてつもない大飯喰らいだ。
一番の課題だよな。
戦闘データを見ると、エネルギー消費が突出している。
制御プログラムとハードを見直せば、20%位はエネルギー消費を抑えられるな。
後は、雨月と空裂だけど、これもレーザーの加速に関する部分の見直しで、エネルギー消費をそれなりに抑えられるな。
よし、それで行こう。
さて、寝るか。
時計を見ると、既に深夜2時近くになっていた。
「じゃ、行くぞ。まずは、模擬戦をする。きちんと把握してほしい事があるから。本気で来い。いいな。」
「解った。」
真剣な顔で頷くと、雨月と空裂を構える。
俺は、雪羅のクローと雪片をエネルギーブレードモードにして、構える。
「行くぞ!」
空裂から広範囲にレーザーが、発射される。
まずは、こちらの可動範囲を狭めるか。
俺は、その前に上昇して離脱するが、今度は雨月のレーザーが襲い掛かる。
雪羅のエネルギーシールドを展開する。
その隙に、箒はイグニッション・ブーストで迫って来る。
「はあああっ!」
まず、強力な一撃を与えて、戦いを有利にしたいんだろう。
だが、そこに隙がある。
雪羅のクローを零落白夜にして、すれ違いざまにシールドエネルギーを削る。
「何?」
完璧なタイミングだと、思っていたんだろう。
箒の剣術の売りは、何と言っても速さだ、素早く振り抜くことによって相手にダメージを与える。
まだ、俺には追い付かないが、俺を除けば箒の太刀筋の速さは、学園でも3本の指に入る。
だが、ある条件では、その剣速が鈍る。
問題は、箒がそれに気づいておらず、また、それが積もり積もれば効率的な稼働に支障をきたす事だ。
何度も、同じシチュエーションを故意に作り上げて、そして、紅椿のシールドエネルギーは0になる。
「さて、ちょっと箒に見てもらいたのがある。」
整備室で、紅椿をメンテナンスベッドに乗せてから、さっきの模擬戦の映像を箒に見せて、最初に俺が一撃を加える所をスローにする。
「解るな?俺が把握してほしい所。」
「ああ…。」
「ちなみにな…。」
キーボードを操作し、同じような場面を全てピックアップする。
「これだけあるんだ。もう、解ると思うけど、ISは如何に効率的に動くかで稼働時間に影響する。お前が稼働時間に不安を覚えるのは、無意識のうちにこれを悟っていたからだ。」
箒の愛刀緋宵は、如何に相手より速く抜刀し、勝利する為の刀である。
つまり、箒の剣術の真骨頂はスピード。
その為には、如何に体を効率よく使うかが、何より大事になる。
だが、箒は大きなダメージを与えようとすると、動きがやや大雑把になる。その分、動きは非効率になりタイムロスが生じて、稼働エネルギーを無駄に使用してしまう。
オペレーション・エクステンダーを増設しても、操縦者が効率よく戦う事を意識しなければ、何の意味もない。
箒の無意識はそれを悟っていたけど、箒自身は自覚していなかった。
「とにかく、初心に戻って稽古してみろよ。自分の、篠ノ之箒の戦い方をきちんと思い出すんだ。そうすれば、何の問題もない。」
俺は、タオルとスポーツドリンクを渡す。
さて、最適化自体は難しくないが、後は、箒の問題だな。
ああは言ったが、どうにも最近、おかしいというか、箒の剣術にどこか違和感めいた物を感じる。
稽古を終えた箒は、シャワーを浴びながら考え続けていた。
文化祭でオータムが急襲してきた時に、一夏を誘拐し、魂が抜けた人形のようにした者達と、傍にいてやりたかったのに、いる事を許さなかった大人達の都合に対する理不尽さと、それに抗えなかった非力さ。
小学生だった頃の自分では、どうしようもなかった事は理解できる。
だが、どうしても、その事が一夏に対する箒の負い目になっており、一撃で相手を叩き潰したいという、一種の破壊願望が、心の中で鎌首を擡げる。
一夏が感じていた、箒の剣術の違和感の正体はそれだった。
だが、一夏には一夏の考え方がある。
あの事件は、自分自身の不甲斐なさが招いた結果。
だから、只管に鍛錬を課してきた。
千冬にはまだまだ及ばないものの、今の一夏は戦国時代でも剣豪と言われていたであろう使い手に成長している。
それでも、一夏は守りたい物や人達の為に、歩みを止める気はなかった。
よし、これでOK。
紅椿の最適化を終えた俺は、スポーツドリンクを一口飲む。
今まで蓄積してきた経験値により、紅椿は成長しているが、最終的には人の手が必要になる。
各部の微細な調整を全て終えて、制御プログラムを書き換えて、紅椿は今までの経験をフルに活かせるようになった。
明日、もう一度模擬戦をして、最終確認をして全ての作業は終了する。
さて、後は当日の運営に関する打ち合わせが午後からあるので、資料に目を通しておこう。
事が事だけに、警備にも気を配る必要がある。
俺達が入学してからの、亡国企業が関わっている事件に関しては、委員会でも問題になっており、一般人には知られずに、但し、厳重に警備する事が決定され、競技場周辺並びに競技場内は習志野の特殊作戦群。
各地の空港は、空港警察署のASS(空港特殊警備部隊)。
各地の港は、水上警察署のSSH(港湾特殊警備部隊)。
さらに、各都道府県警も平常を装いながら、表向きは公安の雑用部門と言われているが、その実、各国で厳しい特殊訓練をこなしてきた猛者で構成され、定期的に、限りなく実戦に近い訓練を秘密裏に受けている、公安の特殊部隊である公安部第5課が目を光らせている。
日本としても、国の威信がかかっているので、警備に関しても総力戦だ。
俺は、そういった面々の上層部との会議にも、楯無さんと出席する事になっている。
無論、守秘義務があるので、一般人には口外しない。
知っているのは、千冬姉や山田先生といった、ISに関連する授業を担当し、有事には訓練機で出動する先生達に、現役軍人であるラウラに、軍属でもある国家代表程度である。
白式の高機動パッケージに、自治体との協議。
警備に関する会議と、とにかく忙しい。
本当に、IS学園の生徒会長は忙しいと、しみじみ思いながら、やる事を全て終えて、寝る。
「はああっ!」
背部の展開装甲を展開してのイグニッション・ブーストで、箒は先手を取ろうとする。
昨日のアドバイスが役に立っているかを確認する為に、敢えて、俺は隙を作る。
「そこ!」
お、役に立ってる。役に立ってる。
いつもの、箒の太刀筋だ。
動きも、かなり滑らかで、無駄が無い。
最適化と微調整は、充分問題ないな。
そんじゃ、もうちょっと、派手に行くか。
『すごい。以前よりずっと、滑らかに動ける。それに軽い。』
模擬戦をしながら、以前の紅椿との差を箒は実感していた。
エネルギー消費も、前より確実に抑えられている。
『なら、もう少し激しく戦うぞ。紅椿。』
脚部と背部の展開装甲を展開し、さらにスピードをアップして、一夏との鍔迫り合いに持ち込もうとする。
が、それを正確に読んでいた一夏は、軽く受け流して、すれ違いざまに鋼牙の一撃を叩きこむ。
展開装甲が、素早く防御に回る。
『今だ!』
背部の展開装甲を機動に切り替えて、一気に加速しようとしたが、そこには零落白夜にモードチェンジした雪片が待っており、手痛い一撃を受ける。
その僅かな停滞を、一夏が見逃すはずもなく、雪羅のクローも零落白夜にして、左右からの攻撃で、紅椿に止めを刺す。
「問題ないな。最適化も微調整も、うまくいっている。後は、当日、どうするかか…。さすがに、それ以上は、束さんにやって貰わないとな。やっぱり、作ったからには、相応の責任がある。千冬姉も束さんに言ってくれているはずだいから、連絡取ってみろよ。」
そもそも、あの人なら紅椿用の高機動パックくらい、さっさと作れる。
にも拘らず、やらないのは、やっぱり問題だしな。
依頼が来たら、敢えて断ろう。
うん。時には厳しさも必要だからな。
「じゃ、シャワー浴びて、教室行こうぜ。午前の授業に遅れちまう。」
「ああ、そうだな。一夏、今回の事、本当に感謝している。ありがとう。」
箒が、深々と頭を下げる。
「よせよ。今更、畏まるような仲じゃないだろう。」
箒のこういう所は、変わんないのかね?ま、それが箒らしいと言えば、らしいけどな。
「紅椿の高機動追加ユニット?確かに興味津々だよ。でも、せっかく展開装甲があるから、それを活かしてほしいなあとも、思うんだよ。ちいちゃん。」
学園の敷地の一角で、千冬は束に連絡を取っていた。
「それは、理解できる。だが、篠ノ之自体、随分、悩んでいるぞ。一夏が各部を最適化して、微調整をして、稼働の効率化とエネルギー消費をある程度抑えたが、それでも限界はあるだろう?」
「絢爛舞踏は…、ああ、反則だと思って使わないか…。気にすることないのに。」
束の言う事は、道理だ。
ワンオフアビリティは、イカサマではない。
そのISごとの、固有能力である。
使う事に、躊躇いを覚える必要はない。
おそらく、一夏絡みの人間関係が関係していると、千冬は見ている。
世界で唯一、ISを動かす事が可能で、腕前は国家代表レベルでも間違いなく上位クラス。
さらに、高性能なISを開発可能な、若き天才科学者で、剣術や武術にひいでた美少年という事もあり、一夏は学園生徒の憧れの的だった。
箒は、その一夏と、最初の幼なじみであり、最新鋭の第四世代IS 紅椿を専用機として持つ。
その事実だけでも、嫉妬される。
今回も、一夏にISの調整を行って貰っている。
傍から見れば、独占しているようにも見える。
これ以上、嫉妬される理由が増えるのは、好ましくないと考えていた。
「それに、いっくんに色々やって貰っているのは、経験を積んで貰いたいからでもあるんだよ。いくら構想しても、実際に試してみないと、正しいかどうか解らないし、再設計して不具合を解消するのも、貴重な経験だもん。私だって、色々やって、色々経験して、レベルアップしたんだから。」
束の言う事は、もっともだった。
ISの操縦者にしろ、技術者にしろ、経験を積まなければ、上にはいけない。
まして、亡国企業に狙われている身としては、一夏には更なる高みに到達して貰わねばならない。
楯無を始めとして護衛はつけているが、万全という保証はどこにもない。
最終的には、一夏に己を守りきる強さを身につけさせねばならない。
その為の、剣であり、鎧であるISの開発能力もレベルアップさせる必要があり、それには経験が不可欠である。
「大丈夫。箒ちゃんは、周囲の嫉妬に負けやしないし、いっくんは誰に対してであろうと、理不尽な嫉妬の類を放っておくと思う?だから、大丈夫。なにより、いっくんはちーちゃんの弟だよ。お姉さんなら、もっと弟を信用してあげないと。」
「解った。私は見守るに留めるよ。ただ、教師の目から見て介入すべき時は、介入するがな。」
「それは任せる。じゃあね~。」
話を終えた千冬は、いつも通りに職員室に向かった。
マジかよ…。
俺は、空中投影ディスプレイに表示されたメールを見て、固まる。
「やっほー。いっくん。元気かな?私は、相変わらず元気だよ。そう言えば、もうすぐキャノンボール・ファストだよね?そこで、物は相談なんだけど、紅椿に関して、箒ちゃんが悩んでるから、力を貸してくれないかな?私は、いろいろあって、手が離せないから。もちろん、御褒美付きだよ。それと、夏休みに作った、白式用の高機動ユニット、使わないそうだね?折角、作ったんだから、使おうね。他の国が何かしようものなら、私がとっちめておくから、安心していいよ。じゃ、お願いね。ばいびー。」
勘弁してくれよ…。
俺が、どれだけ、忙しいと思っているんだよ…。
今日も、午後は警備に関しての会議なんだぜ。
それからも、やる事目白押しなのに、これ以上、仕事増えるのかよ。
第一、各国のIS関係の人間の欲深さは、生命力に例えると、ゴキブリを遥かに凌ぐ。
絶対に、国家代表候補や自分達の国家に帰属する誘いが、さらに激化する。
これに、ハニートラップが加わると、死亡フラグが複数点灯だ。
それこそ、夜も眠れなくなる…。
どうすりゃいいんだよ…。
て、悩んでもしょうがないな。
こうなったら、さっさと済ませてやる。
紅椿に関しては、アイデアが無いわけじゃないしな。
それにしても、俺の学園生活って、悩みやら命の危機が尽きないよなあ…。
溜息をついて、俺は登校すべく、部屋を出た。
後書き
イベントの運営に参加するというのは、思ったより大変です。
高校時代、委員会の副会長で会議やら、色々やっていましたが、これがまた、疲れるんですよね。
そして、一夏は、運営のみならず、警備、自治体との折衝等やる事が山ほど。
加えて、紅椿の対策です。
例えるならば、上層部が金をけちって、1人で2人分以上の仕事をしている状態。
家に帰ると、くたくたになります。
ちなみに私は、味噌汁に顔を突っ込みそうになりました。
頑張れ、生徒会長。
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生徒会室で、俺は筋肉をほぐす。
文化祭が終わっても、生徒会は忙しい。
今度は、ISによるレース。
キャノンボール・ファストがある。
これは、学園のアリーナが会場ではなく、大きな競技場が会場になるので、市役所の担当者との打ち合わせに通常業務も重なり、鍛錬の時間をキープするのが、さらに大変になる。
そして、忙しくなる要素が、一つある。
現在、IS学園に在籍する生徒の中に、専用機持ちは合計で11人。
その内、8人。
7割以上が、1年生に集中しているという、前代未聞の事態である。
結果、1年生は訓練機を使用した部門と、専用機持ちの部門に分かれるので、打ち合わせをする事が多くなる。
やれやれだぜ。
しかも、俺の白式と箒の紅椿は、各国が莫大な資金と人材を投入して実用化させようとしている第三世代を飛び越えた、第四世代IS。
世界中の努力を、無駄にした代物である。
特に、白式は謎だらけ。
第一形態移行で、千冬姉の嘗ての搭乗機、第一世代IS「暮桜」のワンオフアビリティ、エネルギー無効化能力「零落白夜」が発動し、その後、ISを強制的に稼働停止にする「封月」が加わる。
その後の第二形態移行では、大出力荷電粒子砲に格闘用クローを備えた多機能武装腕「雪羅」に多機能ビット「式神」、特殊散弾砲「鳳仙花」、広域防御システム「沖都鏡」が新たに武装に加わり、背部と脚部には展開装甲が実装された。
そして、文化祭の亡国企業の襲撃では、ある程度、ISが経験値を蓄積すると進化するワンオフアビリティ「天照」が発動。
ウィングスラスターが最適化され、腕部と胸部にも展開装甲が実装された。
これから、どうなるんだか、俺にも解らない。
とにかく、解らない事だらけなのが白式だ。
その点、紅椿の方がまだいいかな。
とはいえ、無尽蔵にエネルギーを生み出すワンオフアビリティ「絢爛舞踏」を持つ紅椿は、存在自体が反則だ。
それに、「天照」に近いシステムがあるんじゃないかと、俺は考えている。
白式の兄弟機だし、ペアで運用するのが大前提となれば、双方のサポートができるように進化する可能性はかなり高い。
しかも、急ぎ必要な場合は、天照やそれに類似した機能は必要だ。
この2機に関して、各国は関連する技術を喉から手が出るほど欲しがっている。
下手をすれば、どうなるのかねえ?
とにかく、無事に終わってほしい。
観客や同級生や先輩たちに被害が出るのは、願い下げだ。
もし、そんな事があったら、ゴーレムだろうがISだろうが、只の燃えないゴミにしてやる。
俺はそう決意している。
さて、鍛錬の時間だ。
「一夏もこれから、訓練?」
「ああ。鈴もか。」
「そっ。キャノンボール・ファスト用の高機動パッケージが届かないから、やれる事やるしかないし。」
あんま、機嫌よさそうじゃないな。
専用機持ちには、データ収集も兼ねて、専用パッケージが届くはずだが、まだ完成していないらしい。
まあ、パッケージは調整に手間食うからな。
遅れている原因は、そっちだろう。
「一夏はどうするの?確か、作ってたわよね。高機動パッケージ。」
「まあな。」
束さんからの宿題で、俺は白式の高機動パッケージを開発した。
今までの高機動パッケージとは、まるで概念が違うから、見たらびっくりするだろうな。
「じゃあ、そろそろ第6アリーナで、キャノンボール・ファスト向けの訓練に入るの?」
「そうだなあ…。」
極光はあんまり見せたくないなあ。
只でさえ、白式関係の技術は火種になりそうだからなあ。
展開装甲の調整でも、充分、いい線行くんだし、それで行くか。
それとも、信頼性の高い技術、つまり枯れた技術でいくか。
「枯れた技術で、高機動パッケージを作ろうかとも考えててさ。それなら、一晩で図面は完成するし、週末にラボで調整を含めて完成するしな。」
「ええ。もったいないよ。新しい方、見てみたいし。」
別に見せもんじゃないぞ。
イギリスに行った時には、基礎データを取るに留めているしな。
「一夏君の場合、外交面での事を、懸念してるんでしょ?」
鈴と話しながらアリーナに向っていると、楯無さんが話に加わって来る。
「あ、どうも。楯無さんは届いたんですか?キャノンボール・ファスト用のパック。」
「つい、今しがたね。今日は、それを試すとこ。」
ある意味、羨ましいぜ。
「その様子だと、白式のキャノンボール・ファスト用のパッケージは、今までとは、根本的に違う発想で設計されているのか。それで、外交の火種になるのは嫌。それが、一夏君の本音でしょう。」
やっぱり、解ったか。
今でさえ、俺が帰属する国は決まっていない。
議論が始まって、既に1年。
この分だと、卒業する前に決まるかどうかすら、疑問だ。
「そう言えば、篠ノ之さんはどうするのかしらね?オペレーション・エクステンダーがあっても、展開装甲で機動力を高めたら、やっぱり厳しいわ。」
そう言えば、箒はどうするつもりか聞いていないな。
それとも、束さんが送って来るのかな?
まあ、俺に作れとは言わないと思うけどな。
というか、そうであってほしい。
いや、マジで。
これ以上、ゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。
俺は自分をさらに鍛えるのと、生徒会長としての責務で手一杯なんだからな。
「今回のキャノンボール・ファスト。幹部会は静観するみたいね。文化祭の襲撃で手酷くやられて、慎重になったみたいだわ。」
スコールが、エムとオータムに話す。
「ふざけんな!あんだけやられて、黙ってろってのか!?」
「どこかの馬鹿の暴走で、こっちが、どれだけ面倒な思いをしたと、思っている?挙句の果てにアラクネまで奪われたのは、どこのどいつだ?小物に叩きのめされたのに、まだ懲りていないのか。少しは、自分の身の程をわきまえろ。」
エムが鋭い目でオータムを、見る。
いつもなら、食ってかかるオータムだが、ISが無い以上、何も言えなかった。
「手持ちのカードが無さすぎるわ。こちらのISは、エムのサイレント・ゼフィルスに、私のトパージオンだけ。向こうは、ブルー・ティアーズが改修されて、パイロットはBT兵器の偏向射撃までマスターしている。他の専用機持ちのISに関しても織斑一夏が何らかの形でかかわって、性能は上がっている。はっきり言って、分が悪すぎるのよ。私も、今回は派手にやるのは、不味いと考えるわね。ゴーレムシリーズにしても、最新型ですら軽く捻られてしまったわ。それに解析から、こちらの事を割り出さないとは言えない。リスクが高すぎるのよ。ただ…。」
「ただ、何だ?」
エムがスコールを見る。
「第四世代が今回のキャノンボール・ファストで何をするかは、興味があるわ。展開装甲だけで挑むのか、専用パッケージを使用するのか。見ておいて損はないもの。」
「つまりは、偵察か。まあ、他国のパッケージを、見る機会でもある。技術水準を図るにもいいだろうな。」
エムはスコールの目的を、理解する。
「勝手にしやがれ!」
乱暴にドアを閉めて、オータムは部屋を出る。」
「どうする。顔が割れている以上、オータムを任務につかせるのはまずいぞ。今度捕縛されたら、廃人になろうとも自白剤を使われかねない。」
「解っているわ。これ以上、暴走されても困るものね。その時は、お願い。」
「解った…。」
「キャノンボール・ファストの対策?」
夏季休暇で、アリーナに男子用のトイレにシャワールームが増設されたので、俺は鍛錬の後、シャワーで汗を流して着替えて、部屋に帰った後、部屋に来た箒にキャノンボール・ファストの対策について、聞かれた。
「どうするってなあ。専用パックを使うか、展開装甲を機動に回すかの二者択一だろう?まあ、エネルギー消費は半端じゃないけど、エクステンダーを増設しているから、何とかなると思うぜ。」
第四世代の燃費の悪さを改善する為に増設した、オペレーション・エクステンダーで、稼働率は第三世代並みに改善した。
だが、キャノンボール・ファストともなると、話は別になる。
「束さんと、相談したのか?何といっても、紅椿の開発者だろ。」
俺としては、仲が良いとは言えない、箒と束さんの距離が短くなって欲しいので、箒が束さんに相談するよう、さりげなく提案する。
「無論した。だが、今は忙しいから、蓄積されたデータを基に、お前に機体の最適化をして貰えと、言われた。」
何で、そうなるんですか?束さん。
まあ、紅椿の経験値も溜まってきているから、そろそろ、オーバーホールも兼ねて、しておく方がいいとは思うが。
いつから、俺は、紅椿専属の技術者になったのだろうか?
「お前は、お前で忙しいのも解る。夏季休暇で開発した専用パックを使いたくないから、既存の技術を使ったパックを作るつもりらしい事も小耳に挟んだ。だが、紅椿の専属整備チームが、まだ結成されていないので、お前に頼むほかないのだ。」
そうか…。
白式と紅椿は、性能をフルに発揮できるように専属の整備チームを結成する事になっているが、それは来月になってからだ。
今はまだ、ない。
そうなると、俺しかいないか。
俺は、端末から、第6アリーナと整備室の予約を取る。
「明日、鍛錬の時に、紅椿の最適化をしちまおう。」
幸い、専用パックの設計は終わって、ラボに送ってるから、今はもう組み立てに入っている。
千冬姉に話して、許可を貰ってから、紅椿の最適化の準備を今日中にしてしまおう。
「あの、その、済まない一夏。助かる。」
頬を赤く染めながら、箒は礼を言う。
なんだかんだ言って、箒も可愛くなったよな。
昔は、一緒に風呂に入った事もあるけど、そんな事思いもしなかった。
女の子って変わるのかね?やっぱり。
「ま、幼なじみが困っているのを見過ごすのも、夢見が悪くなるしな。」
「そう言う事なら、やむを得ん。許可しよう。」
「ありがとうございます。織斑先生。」
箒は千冬姉に、深々と頭を下げる。
「束には、私からも言っておく。開発者としての自覚と責任を持ってもらわんと、困るからな。織斑にしても白式のオプション開発で、手一杯だからな。」
『絶対、無理っぽいな。千冬姉がどんなに説教しても、翌日には忘れそうだしさ。』
篠ノ之家とは付き合いは数年だったが、一夏は束についても良く知っている。
また、紅椿の事で何かあったら、自分が何とかするのは、明白だと確信していた。
『今の内に、基礎設計でもしておくか。』
展開装甲で、あらゆる局面に対応できるが、追加パックを使用した時にどうなるか、束が興味を持たないという保証はない。
どういった依頼が来るか解らないが、何通りかケースを考える必要は出てくると、一夏は考えた。
「結構、経験値溜まってるな。そこから考えると…。」
俺は、紅椿のデータを見ながら、最適化について考える。
考えてみれば、臨海学校に、日々の鍛錬、そして文化祭と、経験値が自然に溜まって当たり前か。
剣術をみっちりやってるから、そんなに動きに無駄はないけど、ちょっとした癖が、必要のない動きをさせている。
ここら辺は、データを整理して箒に見せておこう。
後は、やっぱり展開装甲か。
便利だけど、エネルギーをとにかく喰う、とてつもない大飯喰らいだ。
一番の課題だよな。
戦闘データを見ると、エネルギー消費が突出している。
制御プログラムとハードを見直せば、20%位はエネルギー消費を抑えられるな。
後は、雨月と空裂だけど、これもレーザーの加速に関する部分の見直しで、エネルギー消費をそれなりに抑えられるな。
よし、それで行こう。
さて、寝るか。
時計を見ると、既に深夜2時近くになっていた。
「じゃ、行くぞ。まずは、模擬戦をする。きちんと把握してほしい事があるから。本気で来い。いいな。」
「解った。」
真剣な顔で頷くと、雨月と空裂を構える。
俺は、雪羅のクローと雪片をエネルギーブレードモードにして、構える。
「行くぞ!」
空裂から広範囲にレーザーが、発射される。
まずは、こちらの可動範囲を狭めるか。
俺は、その前に上昇して離脱するが、今度は雨月のレーザーが襲い掛かる。
雪羅のエネルギーシールドを展開する。
その隙に、箒はイグニッション・ブーストで迫って来る。
「はあああっ!」
まず、強力な一撃を与えて、戦いを有利にしたいんだろう。
だが、そこに隙がある。
雪羅のクローを零落白夜にして、すれ違いざまにシールドエネルギーを削る。
「何?」
完璧なタイミングだと、思っていたんだろう。
箒の剣術の売りは、何と言っても速さだ、素早く振り抜くことによって相手にダメージを与える。
まだ、俺には追い付かないが、俺を除けば箒の太刀筋の速さは、学園でも3本の指に入る。
だが、ある条件では、その剣速が鈍る。
問題は、箒がそれに気づいておらず、また、それが積もり積もれば効率的な稼働に支障をきたす事だ。
何度も、同じシチュエーションを故意に作り上げて、そして、紅椿のシールドエネルギーは0になる。
「さて、ちょっと箒に見てもらいたのがある。」
整備室で、紅椿をメンテナンスベッドに乗せてから、さっきの模擬戦の映像を箒に見せて、最初に俺が一撃を加える所をスローにする。
「解るな?俺が把握してほしい所。」
「ああ…。」
「ちなみにな…。」
キーボードを操作し、同じような場面を全てピックアップする。
「これだけあるんだ。もう、解ると思うけど、ISは如何に効率的に動くかで稼働時間に影響する。お前が稼働時間に不安を覚えるのは、無意識のうちにこれを悟っていたからだ。」
箒の愛刀緋宵は、如何に相手より速く抜刀し、勝利する為の刀である。
つまり、箒の剣術の真骨頂はスピード。
その為には、如何に体を効率よく使うかが、何より大事になる。
だが、箒は大きなダメージを与えようとすると、動きがやや大雑把になる。その分、動きは非効率になりタイムロスが生じて、稼働エネルギーを無駄に使用してしまう。
オペレーション・エクステンダーを増設しても、操縦者が効率よく戦う事を意識しなければ、何の意味もない。
箒の無意識はそれを悟っていたけど、箒自身は自覚していなかった。
「とにかく、初心に戻って稽古してみろよ。自分の、篠ノ之箒の戦い方をきちんと思い出すんだ。そうすれば、何の問題もない。」
俺は、タオルとスポーツドリンクを渡す。
さて、最適化自体は難しくないが、後は、箒の問題だな。
ああは言ったが、どうにも最近、おかしいというか、箒の剣術にどこか違和感めいた物を感じる。
稽古を終えた箒は、シャワーを浴びながら考え続けていた。
文化祭でオータムが急襲してきた時に、一夏を誘拐し、魂が抜けた人形のようにした者達と、傍にいてやりたかったのに、いる事を許さなかった大人達の都合に対する理不尽さと、それに抗えなかった非力さ。
小学生だった頃の自分では、どうしようもなかった事は理解できる。
だが、どうしても、その事が一夏に対する箒の負い目になっており、一撃で相手を叩き潰したいという、一種の破壊願望が、心の中で鎌首を擡げる。
一夏が感じていた、箒の剣術の違和感の正体はそれだった。
だが、一夏には一夏の考え方がある。
あの事件は、自分自身の不甲斐なさが招いた結果。
だから、只管に鍛錬を課してきた。
千冬にはまだまだ及ばないものの、今の一夏は戦国時代でも剣豪と言われていたであろう使い手に成長している。
それでも、一夏は守りたい物や人達の為に、歩みを止める気はなかった。
よし、これでOK。
紅椿の最適化を終えた俺は、スポーツドリンクを一口飲む。
今まで蓄積してきた経験値により、紅椿は成長しているが、最終的には人の手が必要になる。
各部の微細な調整を全て終えて、制御プログラムを書き換えて、紅椿は今までの経験をフルに活かせるようになった。
明日、もう一度模擬戦をして、最終確認をして全ての作業は終了する。
さて、後は当日の運営に関する打ち合わせが午後からあるので、資料に目を通しておこう。
事が事だけに、警備にも気を配る必要がある。
俺達が入学してからの、亡国企業が関わっている事件に関しては、委員会でも問題になっており、一般人には知られずに、但し、厳重に警備する事が決定され、競技場周辺並びに競技場内は習志野の特殊作戦群。
各地の空港は、空港警察署のASS(空港特殊警備部隊)。
各地の港は、水上警察署のSSH(港湾特殊警備部隊)。
さらに、各都道府県警も平常を装いながら、表向きは公安の雑用部門と言われているが、その実、各国で厳しい特殊訓練をこなしてきた猛者で構成され、定期的に、限りなく実戦に近い訓練を秘密裏に受けている、公安の特殊部隊である公安部第5課が目を光らせている。
日本としても、国の威信がかかっているので、警備に関しても総力戦だ。
俺は、そういった面々の上層部との会議にも、楯無さんと出席する事になっている。
無論、守秘義務があるので、一般人には口外しない。
知っているのは、千冬姉や山田先生といった、ISに関連する授業を担当し、有事には訓練機で出動する先生達に、現役軍人であるラウラに、軍属でもある国家代表程度である。
白式の高機動パッケージに、自治体との協議。
警備に関する会議と、とにかく忙しい。
本当に、IS学園の生徒会長は忙しいと、しみじみ思いながら、やる事を全て終えて、寝る。
「はああっ!」
背部の展開装甲を展開してのイグニッション・ブーストで、箒は先手を取ろうとする。
昨日のアドバイスが役に立っているかを確認する為に、敢えて、俺は隙を作る。
「そこ!」
お、役に立ってる。役に立ってる。
いつもの、箒の太刀筋だ。
動きも、かなり滑らかで、無駄が無い。
最適化と微調整は、充分問題ないな。
そんじゃ、もうちょっと、派手に行くか。
『すごい。以前よりずっと、滑らかに動ける。それに軽い。』
模擬戦をしながら、以前の紅椿との差を箒は実感していた。
エネルギー消費も、前より確実に抑えられている。
『なら、もう少し激しく戦うぞ。紅椿。』
脚部と背部の展開装甲を展開し、さらにスピードをアップして、一夏との鍔迫り合いに持ち込もうとする。
が、それを正確に読んでいた一夏は、軽く受け流して、すれ違いざまに鋼牙の一撃を叩きこむ。
展開装甲が、素早く防御に回る。
『今だ!』
背部の展開装甲を機動に切り替えて、一気に加速しようとしたが、そこには零落白夜にモードチェンジした雪片が待っており、手痛い一撃を受ける。
その僅かな停滞を、一夏が見逃すはずもなく、雪羅のクローも零落白夜にして、左右からの攻撃で、紅椿に止めを刺す。
「問題ないな。最適化も微調整も、うまくいっている。後は、当日、どうするかか…。さすがに、それ以上は、束さんにやって貰わないとな。やっぱり、作ったからには、相応の責任がある。千冬姉も束さんに言ってくれているはずだいから、連絡取ってみろよ。」
そもそも、あの人なら紅椿用の高機動パックくらい、さっさと作れる。
にも拘らず、やらないのは、やっぱり問題だしな。
依頼が来たら、敢えて断ろう。
うん。時には厳しさも必要だからな。
「じゃ、シャワー浴びて、教室行こうぜ。午前の授業に遅れちまう。」
「ああ、そうだな。一夏、今回の事、本当に感謝している。ありがとう。」
箒が、深々と頭を下げる。
「よせよ。今更、畏まるような仲じゃないだろう。」
箒のこういう所は、変わんないのかね?ま、それが箒らしいと言えば、らしいけどな。
「紅椿の高機動追加ユニット?確かに興味津々だよ。でも、せっかく展開装甲があるから、それを活かしてほしいなあとも、思うんだよ。ちいちゃん。」
学園の敷地の一角で、千冬は束に連絡を取っていた。
「それは、理解できる。だが、篠ノ之自体、随分、悩んでいるぞ。一夏が各部を最適化して、微調整をして、稼働の効率化とエネルギー消費をある程度抑えたが、それでも限界はあるだろう?」
「絢爛舞踏は…、ああ、反則だと思って使わないか…。気にすることないのに。」
束の言う事は、道理だ。
ワンオフアビリティは、イカサマではない。
そのISごとの、固有能力である。
使う事に、躊躇いを覚える必要はない。
おそらく、一夏絡みの人間関係が関係していると、千冬は見ている。
世界で唯一、ISを動かす事が可能で、腕前は国家代表レベルでも間違いなく上位クラス。
さらに、高性能なISを開発可能な、若き天才科学者で、剣術や武術にひいでた美少年という事もあり、一夏は学園生徒の憧れの的だった。
箒は、その一夏と、最初の幼なじみであり、最新鋭の第四世代IS 紅椿を専用機として持つ。
その事実だけでも、嫉妬される。
今回も、一夏にISの調整を行って貰っている。
傍から見れば、独占しているようにも見える。
これ以上、嫉妬される理由が増えるのは、好ましくないと考えていた。
「それに、いっくんに色々やって貰っているのは、経験を積んで貰いたいからでもあるんだよ。いくら構想しても、実際に試してみないと、正しいかどうか解らないし、再設計して不具合を解消するのも、貴重な経験だもん。私だって、色々やって、色々経験して、レベルアップしたんだから。」
束の言う事は、もっともだった。
ISの操縦者にしろ、技術者にしろ、経験を積まなければ、上にはいけない。
まして、亡国企業に狙われている身としては、一夏には更なる高みに到達して貰わねばならない。
楯無を始めとして護衛はつけているが、万全という保証はどこにもない。
最終的には、一夏に己を守りきる強さを身につけさせねばならない。
その為の、剣であり、鎧であるISの開発能力もレベルアップさせる必要があり、それには経験が不可欠である。
「大丈夫。箒ちゃんは、周囲の嫉妬に負けやしないし、いっくんは誰に対してであろうと、理不尽な嫉妬の類を放っておくと思う?だから、大丈夫。なにより、いっくんはちーちゃんの弟だよ。お姉さんなら、もっと弟を信用してあげないと。」
「解った。私は見守るに留めるよ。ただ、教師の目から見て介入すべき時は、介入するがな。」
「それは任せる。じゃあね~。」
話を終えた千冬は、いつも通りに職員室に向かった。
マジかよ…。
俺は、空中投影ディスプレイに表示されたメールを見て、固まる。
「やっほー。いっくん。元気かな?私は、相変わらず元気だよ。そう言えば、もうすぐキャノンボール・ファストだよね?そこで、物は相談なんだけど、紅椿に関して、箒ちゃんが悩んでるから、力を貸してくれないかな?私は、いろいろあって、手が離せないから。もちろん、御褒美付きだよ。それと、夏休みに作った、白式用の高機動ユニット、使わないそうだね?折角、作ったんだから、使おうね。他の国が何かしようものなら、私がとっちめておくから、安心していいよ。じゃ、お願いね。ばいびー。」
勘弁してくれよ…。
俺が、どれだけ、忙しいと思っているんだよ…。
今日も、午後は警備に関しての会議なんだぜ。
それからも、やる事目白押しなのに、これ以上、仕事増えるのかよ。
第一、各国のIS関係の人間の欲深さは、生命力に例えると、ゴキブリを遥かに凌ぐ。
絶対に、国家代表候補や自分達の国家に帰属する誘いが、さらに激化する。
これに、ハニートラップが加わると、死亡フラグが複数点灯だ。
それこそ、夜も眠れなくなる…。
どうすりゃいいんだよ…。
て、悩んでもしょうがないな。
こうなったら、さっさと済ませてやる。
紅椿に関しては、アイデアが無いわけじゃないしな。
それにしても、俺の学園生活って、悩みやら命の危機が尽きないよなあ…。
溜息をついて、俺は登校すべく、部屋を出た。
後書き
イベントの運営に参加するというのは、思ったより大変です。
高校時代、委員会の副会長で会議やら、色々やっていましたが、これがまた、疲れるんですよね。
そして、一夏は、運営のみならず、警備、自治体との折衝等やる事が山ほど。
加えて、紅椿の対策です。
例えるならば、上層部が金をけちって、1人で2人分以上の仕事をしている状態。
家に帰ると、くたくたになります。
ちなみに私は、味噌汁に顔を突っ込みそうになりました。
頑張れ、生徒会長。
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